LEESAYA

須賀悠介

瞳孔がひらいている

須賀悠介(すが・ゆうすけ)は1984年東京都に生まれ、東京藝術大学の彫刻科を専攻し立体作品を主にCGや写真など様々な素材を用いて作品制作をし、国内外での発表を続けてきました。須賀は今まで作品の中に相反する要素を並存させたり、衝撃や暴力性の可視化、通常ではあり得ない事物の状態を立体化することに注力してきました。自身の首を狩り天高く掲げるペルセウス像や、足を怪我すると死を免れない競走馬のための義足、煌々と輝くステルス機など、秩序と混沌が保たれた状態を巧みに立ち現わせてきました。

数多くの立体作品を制作し続けてきた須賀ですが、一方で「彫刻」というものに対して根本的に作品制作のアイデンティティはないと話してきました。「なぜ、須賀は制作をし続けるのか?」ディスカッションを重ね、作品制作のきっかけとも言える原体験に辿り着くことができました。

4歳の頃に作家に起きたその体験は、たとえ他人からすればドラマティックなことではなかったとしても、須賀にとって世界がひっくり返る大きな出来事でした。信じて疑わなかった日常が、一変する驚きと恐怖。認められざる世界も確かに存在する可笑しさ。あの感覚をもう一度味わいたいから制作を続けていると須賀は言います。本展では作家のテキストと共に、制作のきっかけとなった原体験にまつわる新作群を発表いたします。
 
LEESAYAでの、須賀悠介の個展 瞳孔がひらいている を是非ともご高覧ください。

作家ステートメント

少し古い話になる。
私が4歳になったばかりの頃だ。明るい時間に父と話していたから、その日は日曜日だったはずだ。電子基盤の設計事務所を営む実家の1階は父の仕事場になっており、Windows95も発売されていない当時はまだ本体の大きかったコンピューターが所狭しと並んでいた。私は図面台の前にある回転椅子に座って不用意にクルクルまわったり、大きなライトボックスの蛍光灯を点灯させたり、要らなくなったコピー用紙で紙飛行機を作ったり、事務所の奥にある現像室に入って完全な暗闇を感じてみたり、何も映っていない凸型に湾曲したガラスのコンピューター・ディスプレイの前に立ち、それら機械の排気口から室内に放たれる独特な匂いを感じたりして過ごしていた……


私たちは普段、時間というものをリニアに捉えて過ごしています。
朝起きて、準備して、仕事をして、家に帰って…
でも、本当はもっと大きな時間軸や小さな時間軸があることを私たちは知っています。
何かを思い出すとき、その瞬間は当時に飛躍することができます。
なぜなら記憶は、ノンリニアなもので、思い出すたびにその都度生きるものだと思います。
季節の変わり目に嗅いだ匂いに何か懐かしさを覚えたり、身近な環境を見ていても、まったく違う場所の風景が重なったり。
何かを思い出すということは、ある種、死に抗う方法なのです。ただ一方向に進む時間に抗いたい。それが自分にとっての芸術なのだと思います。

 私はいまもあの一瞬で日常が変わってしまうような体験を求めている。

なぜか?
私たち人間は長い時間をかけて混沌の中に法則を見つけ、文明を発展させてきました。しかし地球上での自然災害や疫病しかり、宇宙空間が96%の非物質で満たされていることを思うと、いまあるこの世界も一瞬で変わってしまうことのほうが、自然なことのように思います。
私が時間軸や因果に抗いたいと思うのは、端的に言って、日常が変わってしまうことが怖いからです。怖いから慣れておく必要があるのです。


須賀悠介

須賀悠介

瞳孔がひらいている