毒山凡太朗
A N/ot/ation of Harmony
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営業時間:11:00-18:00
*営業時間を変更しました。ご注意ください。
定休日:月・火・祝
会場:LEESAYA(東京都目黒区下目黒3-14-2)
オープニング・レセプション:3月28日(土)17:00-19:00 *作家在廊
会場:Backyard(東京都目黒区下目黒3-18-8)
- PRESS RELEASE
WORKSINSTALLATION VIEWS
このたびLEEASAYAでは、アーティスト 毒山凡太朗 による個展「A N/ot/ation of Harmony」を開催いたします。本展では2024年からのアメリカ滞在を契機に制作された新作の映像作品とペインティング作品を発表します。
近年、世界各地で人の移動をめぐる問題はますます複雑化しています。アメリカでは U.S. Immigration and Customs Enforcement(ICE)による移民拘束をめぐる議論が続き、移民政策は社会的対立の大きな争点となっています。一方、日本では移民受け入れ数の少なさが長年指摘されており、人口減少社会のなかで外国人労働者や移民とどのように社会を築いていくのかが問われています。また中東では、イスラエルやイラクを含む地域情勢の不安定さが続き、多くの人々が故郷を離れざるを得ない状況が生まれています。
こうした状況のなかで、社会ではしばしば政治的立場や価値観の違いが強調され、「どの立場が正しいのか」という議論が繰り返されています。一方で、その対立の先にある中間的な立場や、単純な区分では捉えきれない多様な視点についても議論が広がっています。本展は、そうした立場の違いを乗り越えて一つの答えを導き出すことよりも、異なる背景や価値観を抱えたまま人々がどのように共に存在しうるのかという問いに目を向けます。
毒山凡太朗 は、東日本大震災 と 福島第一原子力発電所事故 によって故郷・福島の状況が一変した経験を契機に制作活動を開始しました。作家自身が受けた衝撃や葛藤を出発点に、社会の急激な変化のなかで翻弄される人々やコミュニティをリサーチしながら、映像やインスタレーションを中心とした作品を発表してきました。毒山の作品は、私たちが当然のものとして信じてきた社会の前提が突如として覆される可能性を示唆するとともに、歴史の中で見過ごされがちな個人の記憶や感情に光を当てる試みでもあります。
本展は、作家が滞在したアメリカ各地で交流したコミュニティとの関わりから 着想を得ています。New York City 滞在中は、クイーンズ区のJackson Heights に滞在していました。この地域は、南アジアや中南米をはじめとする多様な文化背景を持つ移民コミュニティが共存する街として知られています。宗教や言語、生活習慣が異なる人々が隣り合いながら、それぞれの文化を保ったまま生活しているこの街の風景は、多様性が日常の中で重なり合う都市の姿を象徴しています。
滞在中、作家は地域の卓球コミュニティに参加し、言語や文化の違いを越えて人々が交流する場面を体験しました。本展では、その経験に加え、作家自身がかつて中学・高校時代に取り組んでいた卓球という行為になぞらえながら、人と人との関係性を考察します。卓球のラリーという往復運動をモチーフとした新作映像作品とペインティング作品を通して、往復するボールの軌跡や打球音、身体のリズムが、人と人とのコミュニケーションの構造を象徴するものとして提示されます。
現代社会では「寛容(tolerance)」という言葉がしばしば用いられます。しかし寛容とは、ときに他者を距離を置いて受け入れる態度でもあります。本展が問いかけるのは、その先にある「共存(coexistence)」の可能性です。互いの違いを完全に理解したり一致させたりすることができなくても、差異が解決されないまま関係が続いていく状態——いわば “difference without resolution” の中で、人々はどのように同じ空間と時間を共有していくことができるのでしょうか。
本展は異なる背景を持つ人々が同じ社会の中でどのように関係を結び続けることができるのかを見つめ直します。価値観の違いを解消することではなく、その違いを抱えたまま共に存在するための想像力を探る試みです。
作家ステートメント
いま私たちの世界では、戦争や災害による避難、移民、旅行などによって、人の移動がかつてないほど活発になっている。異なる文化や習慣をもつ人々が隣り合って暮らす機会が増える一方で、その違いへの不安や嫌悪が強まる場面も少なくない。
思い返せば、原発事故によって避難を余儀なくされた人が、避難先で地域住民とゴミの出し方や言葉づかいの違いをめぐって小さなトラブルが生まれたという話を耳にした。生活の細部にある小さな違いが、人と人とのあいだに見えない境界を生むこともある。
こうしたことを考えるなかで、日系移民の歴史や文化継承についてのリサーチ、またコロナ禍で顕在化したアジア系住民へのヘイトやその後の社会状況を確かめることも含め、昨年と一昨年、私はアメリカに滞在し、いくつかの地域コミュニティを訪れた。ハワイでは日本文化を継承するコミュニティに通い、ポートランドやサンフランシスコなどアメリカ西海岸の都市では、日系コミュニティが主催する夏祭りや日系移民の歴史についてのリサーチを行った。さらにロサンゼルスでは、日系の武道館(体育館)に集う卓球コミュニティに参加した。
特に長く滞在したニューヨークでは、世界の縮図とも呼ばれる街、クイーンズに住んでいた。160以上の言語が話されているともいわれ、さまざまな国にルーツをもつ人々が暮らしている地域である。私はそこで、異なる背景をもつ人々が集まる教会に通い、卓球の会にも参加していた。人々は卓球をしたり、クリスマスツリーの飾りつけをしたりしていた。時には賞味期限ぎりぎりの食品のドネーションを受け取ることもあった。物価の高いアメリカでは、それは貴重な機会でもあった。そこには英語をほとんど話せない人も参加していた。
卓球台を挟んでラリーを続ける時間は、言葉や文化の違いを完全に理解し合えなくても、同じ時間を共有していることを実感する瞬間だった。
ニューヨークだけでなく、ハワイや西海岸など、これまで訪れた各地のコミュニティでも、突然現れた「よそ者」である私を自然に受け入れてくれた。英語が拙い私でも、文化や背景の異なる人々との関わりを通じて、多くのことを学ぶことができた。
彼らが私を受け入れてくれた一方で、私は自分自身が同じように他者と向き合えているのだろうかと考えることもあった。価値観や文化の違いを前にすると距離を感じることもあり、互いの背景を完全に理解し合うことは容易ではない。異なる価値観をもつ人々とどのように関わればよいのか、分からなくなる瞬間もある。それでも人々は同じ場所に集まり、ときには小さな摩擦が生まれながらも関係を続けていた。
本展は、そうした経験から生まれた問いを出発点としている。異なる文化や価値観、背景をもつ人々が同じ場所で生きるとき、人はどのように互いと関わり続けることができるのだろうか。互いの違いを完全に理解することができなくても、人は同じ空間と時間を共有しながら関係を築いていくことができるのだろうか。
毒山凡太朗